第2

 

 

 

朝。

 

1、目覚まし時計が鳴り、起きる。

2、着替えを済ませ、顔を洗いに洗面所に下りる。

3、その足でリビングに行き、朝食をとる。

4、準備を済ませ学校に行く。

 

ここまではいつもと変わらぬ生活リズム。

お袋が寝坊しても3と4が入れ替わるくらいの誤差しか起こりえない。

そして今朝はいつもどおり・・・・のはずだった。

「おはようございますですぅ〜♪」

上機嫌の紫髪の少女、死神ファーディアスが何故か俺が通っている学校の制服を着ていた。

「・・・・まさかついてくる気じゃないだろうな?」

「そのまさかですぅ〜! ふふふ、この日のためにこの時代のことは勉強しておいたのですぅ〜!!」

なにやら、トンボのような本当に見えているのか疑問な瓶底メガネをかけて気取っている。

「そしてそこは敢えて無視。」

「えぇ〜、広貴さんってどうしてどうしてそんなにノリが悪いんですかぁ?」

「しいていうなら体力の無駄遣い。以上!」

学校を目指してキビキビ歩く。

「うわぁ〜、待ってくださいよぉ〜!」

 

 

 

なんとか学校に着いた。

来る途中、あの死神女はこちらがかまってくるまで何度も可笑しな行動をとったつもりらしいが、俺はなんとか無視で通した。

教室まで来れば奴が来ることはない。

なぜなら転入の手続きで職員室に言っているからだ。

「疲れた・・・・」

「よぉ、朝から大変そうじゃないの?」

陽気な声が聞こえた。

「・・・・おはよう、東。」

「グッドモーニン、相変わらずクールだねぇ〜。」

彼はいつも俺につっかかってくる東祟留(あずま たたる)。

変な名前なのは仕様。それは俺同様、こいつも普通の家系ではないということだ。

代々、呪術士をしているらしいが、継ぐのは本人の自由意志というあまり重くないところらしい。

「女の子に手を出すなんて結構やるねぇ〜?」

「・・・・そうだな、否定はせん。」

「うわっ、認めたよ。こいつー!」

どうやら俺は何かとやかましい奴につかれる体質らしい。

親父もお袋も何かと話をしたがる人で、俺と似て無口な兄貴は都会で一人暮らしをしている。

おっと、そろそろホームルームが始まる頃だ。

俺は机に座っているので特にうろたえることは必要ないが、習慣のようなものをしている。

それは『退魔士』としての訓練でもある。

チャイムが鳴り、担任の早坂先生が入ってくる。

「・・・・3匹か。」

早坂先生は重度の『憑魔』(つきま)と言って、霊体、特に悪霊に憑かれやすい。

俺と東はその悪霊が見えている。

2匹はよくTVゲームで出てくる悪魔の形をしており、残りの1匹は中年のサラリーマン。

早坂先生はいつもだるそうな顔をしている。

今日はまだ良い方で、クマができているだけで済んでいる。

酷いときだと、青白い顔をして授業をする。

さすがにそのときは早退したが、憑いている霊のせいで寝不足になっているのは明らかだ。

「さて、始めるか。」

制服の内ポケットから紙切れを取り出す。

そこに一筆、『盛者必衰』と書きいれる。

ちなみに言葉はなんでもいい。

ただ本人にとって一番気合が入ることばであれば、食べ物の名前だろうと、意味のない漢字の羅列でも問題ない。

そして、退魔の力を練り上げて紙切れに吹き込む。

準備は整った。

先生に向かって紙切れを投げつける。

顔面に張り付いたと思った瞬間、何事もなかったように紙は消えた。

すると、憑いていた幽霊たちは苦しみながら消えていった。

「・・・・完了。」

「おみごと。」

小声で東が囁く。

「えー、今日は転校生を紹介します。入ってきなさい。」

教室の戸が開いて少女が一人入ってくる。

「ファーディアス・H・ブロウクラウですぅ〜! 皆さんよろしくですぅ〜!!」

紫髪の少女は俺を見つけて手を振ってくる。

俺はそれを厭な顔もせず無視することにした。それが精一杯の抵抗である。

 

 

 

「・・・疲れる。」

「まったくだね。」

昼食時間。

あの死神女はクラスの男女問わず、大勢にたかられている。

原因はやはり風変わりな容姿(特に髪の色)と転校生という物珍しさ。

「それとあの可愛さだろう?」

「うるさい。」

東はニヤニヤしてこちらを見る。

今日の昼食は購買の焼きそばパン×2と牛乳。

いつもなら食堂で麺類をすすっている頃だが、色々と事情があるので教室にいる。

「で、あの娘とはどういう関係?」

「・・・・しいて言えば、短期間の新しい家族。」

「ほう、というと一つ屋根の下に暮らしているってわけだ?」

「まぁそうなるな。」

あのファーディアスという女が俺の試験課題だということは東には話すまい。

気がつくのも時間の問題かもしれんが・・・

「そういやヤッコさん、今日は屋上で一匹しとめたらしいぜ?」

「・・・・唐突に話を変えるんだな。」

東が言っているのは俺たち同様、特殊な力をもった高校生のことだ。

名前は山渕灯(やまぶち あかり)。『滅却士』の一族である。

『退魔士』が“魔”の力を封じるに対して、『滅却士』は“魔”の根本の破壊を得意とする。

はっきりいって危ない。

下手をすれば、生きている者にまで影響を及ぼしかねない大きな力をもっているのだ。

俺はもとより、人懐っこい東も近寄ろうとはしない。

その上、彼女は無愛想で授業にもあまり出てこない。

「お前は人のこと言えんだろ? まぁとにかく、最近かなり増えたな〜。」

「同感だ。早坂先生ほどでもないが、廊下を歩くだけで憑き魔をかなり見る。」

「だな。こっちとら貯蔵庫のスペースがなくなってきたっつーのに。」

東の家系の『呪術士』というのは“魔”の力を自分たちの物として扱う力をもっている。

つまり、使役することもできてしまうというわけだ。

東家では“魔”を保存しておく貯蔵庫が存在し、そこに一時的にためておくそうだが、限界が近いということだろう。

「どうする? 近々でけぇのが来るかも。」

「・・・・」

考えておかねばあるまい。

いざとなれば、あの死神女も利用させてもらう。

「しっかし、あの娘かわいいなぁ〜。」

東はだらしなく鼻の下を伸ばす。

「だから、話を急に変えるな。」

 

 

 

放課後。

相変わらず、クラスメイトに囲まれている死神ファーディアス。

「さて、そろそろ帰るか。」

俺は今日出された課題を片付けてから帰るようにしている。

家ではどうしても集中することができないうえに、試験課題の勉強もしなければならない。

「あ、待ってくださいですぅ〜、広貴さぁん。」

そして、クラスメイトの目が一瞬にして俺に向く。

あのキンキン声はどうにかならないのか?

「・・・・・誰だ、お前は?」

面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。わざととぼける。

「あ〜〜、またそんなこと言ってぇ〜。本当は私を待っていてくれてたくせにぃ〜。」

机に出していた教科書を急いで鞄にしまい俺のほうに駆け足で来る。

勿論、そうなる前に俺は生徒玄関にむかって歩き出していた。

「待ってくださぁ〜い、広貴さぁん!!」

「・・・・家の蔵に封印するぞ、東。」

「うわぁ、妙にリアルっぽくて怖いな、それ!」

俺の行く手を東が“あの死神女の真似”をして立ちふさがった。

「何の用だ?」

「お前だけいい思いさせるわけにゃいかんと思ってね。」

東は死神女のことをよほど気に入ったらしい。

「・・・おい、死神?」

俺は追いついてきたそれに声を掛ける。

「はぁはぁ・・・な、なんでしょう?」

息をかなり切らしている。

そりゃそうだ。さりげなく駆け足で廊下をつっきっていたのだがら。

「この男がお前とデートしたいそうだ。」

「ぶっ!! て、てめぇ、よくもそんなことを恥ずかし気もなく」

「黙れ、これはお前から言い出したんだろ?」

「そ、そりゃ・・・って、デートの“で”の字も言ってねぇだろ!?」

 顔を真っ赤にしながら言い返してくるが、満更でもないようだ。

「そそうのないようにしろよ? これでも一応女性だ、男として恥ずかしくないようにな。健闘を祈る。」

手をヒラヒラさせて退散する。

「お前、今日は妙に喋るな?」

「問題を解決するためには常日頃、努力するのは当然のことである。byマルコシアス=ブリューナク」

ツッコミにも屈せず学校を出た。

ちなみに、マルコなんとかという人物は実在しない、たぶん。

 

 

 

俺が家に着いてから30分後、死神女は帰ってきた。

「ただ今戻りましたですぅ〜。」

この早さからすると、東はとどめるので精一杯。あえなく撃沈といったところだろう。

「・・・・部屋に入るときは窓からではなく戸から入ること。」

「て、手厳しいですぅ〜。」

こいつはコソドロだろうか?

靴を履いたまま俺の部屋に直接入ってきたのだ。

「お前、ろくな育ちしてないだろ?」

「と言われても、この家って入るの難しいですぅ〜。」

「・・・・」

考えてみれば、こいつは平安時代に生きていたのだ。

この時代での常識は通用しない・・・いや、少なくとも学校ではまともだった。

授業も落ち着いて、寝もせずに真剣に受けていた。

食事も箸を使ってなんの違和感もなく食べていた。

よって―――――

「よって、お前はわざとやっていると解釈する。迷惑だからとっととやめろ。」

「あぅ・・・ばれてしまいましたですぅ。」

舌を出して誤魔化しているつもりだろうか。

この仕草だけで東は一発KOだな。

「だって広貴さん、私にかまってくれないですぅから。」

「・・・その変な喋り方はどうにかならんのか?」

「あ! また話を逸らそうって魂胆ですぅね?」

「だから・・・」

こいつに日本語は通じないとみた。ならばこれ以上の会話は無意味だ。

「玄関から入って来い。」

死神女の体を窓の外にポンと押して、すばやく窓を閉めた。

こうなればどうなるか想像がつくだろう。よい子の諸君は真似しないように。

窓の外からは、おぼえてやがれですぅ〜と聞こえた気がした。

 

 

 

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