第1話
とある午後。
「準備はよいか?」
「いつでも。」
倉庫としている蔵の前に俺と親父はいる。
「中には“魔”が我々一族の手によって封じてある。」
「いくつかあるその内から選んで、一ヶ月以内に封印し直せだろ?」
「では行け。」
親父に促されて蔵の中に入る。
これは試験のようなものだ。代々受け継がれてきた儀式でもある。
ここで俺の力を最終的に見ようというわけだ。
蔵の中にはそれこそいろんなものがあった。
木箱や石棺、農具や刀、火縄銃といった戦国時代に使われていたような古い物がそこら中に積まれている。
「さて、どうしたものか・・・」
試しに壁に立てかけてあった木刀を手に取ってみた。
割と普通の木刀である。一振りしてみても埃が舞い上がるだけ。
「・・・・これじゃないな。」
この木刀からは何も感じとることができない。
つまり、この中にはいくつかダミーが存在しているというわけだ。
どれだけ霊的感覚が備わっているかもテストしているのだろう。
天井からつるされている鎖を避けながら奥に行ってみる。
「これは・・・」
それは蔵を支える柱、俗にいう大黒柱というやつである。大人でも3人いないと囲めないくらいの大きく太い柱である。
これがあるということは、今の建物には絶対ない造りをしている。
それもそのはず。この蔵はとてつもなく古い建物なのだ。
平安時代から存在していると聞いて、当初学校の歴史の授業を受けたその日に理解して耳を疑ったものだ。
「ここ、なにか立てかけた跡があるな。」
柱の表面に、明らかに他とは違う色あせ方をしていた。
試しにその色が変わっている箇所を指になぞってみた。
「・・・・・ちっ、」
瞬時に後退する。
そして、指から煙のようなものがあがる。別に熱かったとか摩擦熱で火傷したとかではない。
「親父め、とんでもない物まで封じたらしいな。」
その跡が紫色に怪しく光る。そして、すぐに消えた。
「ごほっごほっ・・・・こ、ここは、どこですかぁ?」
そして、突如女の声がした。しかもかなり幼い感じの声音だ。
ここは冷静を装っておこう。
「十三河家の封印蔵だ。ちなみに今は西暦2007年の8月だ。」
聞かれてもいないのに年号まで伝えておいた。
「私・・・・そうですかぁ。って、こんなことしてる場合じゃなーいです!!」
よく見ると、どこにでもいそうな高校生くらいの少女だ。
ただ、容姿が少し違った。
着物、つまり和服姿であること。髪の色が薄い紫であること。背中に馬鹿でかい“鍵”をしょっていることだ。
その風変わりの少女は急いで蔵からでようとして・・・・・・
ゴンっ―――――――
出口なき壁に激突した。
「いったぁ〜いですぅ!!」
相当なドジっ娘らしい。
「・・・・・ここは封印蔵だと言ったはずだ。『魔』を持つお前がここから出ることは不可能。」
とりあえず説明しておいてやった。
「はぁ、そうですかぁ〜・・・・じゃあ、あなたでいいですぅ。」
「貴様、死神ファーディアスか?」
少女の言い分を無視してこちらが聞きたい質問をした。
「あはっ♪ ばれましたぁ? そうなんですよぉ、実は今から・・・げっ、1200年も経っているですぅ!?」
「・・・・・」
小学生の頃に親父から聞いたことがある。
『魔』の中で最上位に立つ死神は、この世の彷徨える霊魂をあの世に誘う魂の救い手だと。
しかし、親父が言っていた『死神ファーディアス』は、生きている霊魂を容赦なく引き抜き、あの世に送る極悪魔らしい。
そして、それが彼女だ。
「・・・・経年忘却か? いや、これだけしっかりとした惰気だ。そんなはずは・・・」
ちなみに経年忘却とは俗に言うボケや記憶喪失と同じ意味である。
どう見てもドジな天然系少女だ。
「おい、お前は本当にあの極悪死神なのか?」
「ご、極悪なんて滅相もないですぅ!! 私はこう見えても人一倍の正義感をもった死神なんですよぉ? せっかく席官クラスまでのしあがったのに・・・」
よくわからないことをブツブツ言っている。
まぁそんなことはどうでもいい。
俺がこいつの封印を解いてしまったのに変わりない。これが俺に与えられた試験問題。
「ところでぇ、あなたは何者ですかぁ??」
「十三河家21代、十三河広貴(とみかわ こうき)だ。」
「十三河ぁ・・・・・むぅ、聞いたことありませんですぅねぇ。」
「つまるところ、経年忘却で自分のことしか分からないんじゃないのか?」
「けいねん・・・・何ですぅか、それぇ?」
一通り説明してやる。
なぜ封印されていたのか。なぜ俺が封印を解いたのか。これからどうしていくか・・・
「えぇ〜、また私ここに封印されるんですかぁ? 起こしておいてそれはないですぅ!」
「黙れ、お前のことなんて知ったこっちゃたいな。」
「ぶぅ〜、なら、あなたと契約しちゃいますぅ!!」
ファーディアスは背中の大きな鍵を俺の前に突き出す。
「ちっ、ここいらでおっぱじめようというわけか・・・なら!!」
親父から身を守る手段くらい叩き込まれている。
先頭体制をとって、一気に相手の懐に飛び込む。
そして、鍵を持っている手を蹴って、もう一つの足で腹を蹴り飛ばす。
「ぐぇ!!」
容姿にそぐわぬ悲鳴をあげて蔵の奥に吹っ飛ぶ。
埃があたり一面を覆いつくす。
「・・・・にしてもデカイ鍵だな?」
ファーディアスが落とした長さ2mほどの大きな鍵を拾い上げる。
見た目の割りには重くない。せいぜい、10kgくらいだろう。
「ふ、ふ、ふぅ〜、かかりましたねぇ〜。」
埃の中から死神少女の声がする。
しまった、俺はかなり迂闊なことをしてしまった。
「なるほど、この鍵に触らせることが狙いだったわけか。」
「そのとおりぃ〜です!! つまりこれで契約完了というわけですぅ。ふふふ、あなたの命、13日後の夜にいただいちゃいますぅ♪」
頭から血を出しながら起き上がってきた。
これはある意味、言ってることより“言っている奴”のほうが怖く見えてしまう。
「・・・・・そうか。」
「なっ、なんですかぁ!? 人間ならもっと『わぁーーー、助けてぇ〜』とか『死ぬのいやぁ〜〜〜!!』とか『切捨て御免〜〜〜!!』とか言わないですか、普通??」
最後の例は明らかに使い方を間違えているが、敢えてツッコむまい。
それにここで驚いたらこいつが喜ぶに違いない。
「あなた、絶対おかしーーーいですぅ!」
お前のほうがおかしいですぅ〜。
それに、
「簡単な話だ。」
「へ!?」
2mの鍵を方に担ぎながら、
「俺が13日以内にお前を封印しちまえば済むことだろ?」
「親父、とりあえずこいつ貰ってくぜ?」
後ろからブルーオーラを出している死神を親指でさしながら報告する。
「うむ。好きにするがいい。」
右目をつむって左目だけで死神を一瞥する親父。
この後はとりあえず自室に向かう。
「あのぉ〜・・・・」
「なんだ、極悪死神ファーディアス?」
「あ、そのフルネームと誤解を招くような通称、やめてもらえませんかぁ? もっと親しみを込めて」
「死神なんぞと馴れ合う道理はない。」
「えぇ〜、そんなこと言わずにぃですぅ。」
こいつは何様のつもりなんだ?
俺とお前は封印するか、命を獲るかの敵同士ではないのか!?
何が“親しみを込めて”だ。
階段を上って突き当たりの右側が俺の部屋だ。中はベッドと勉強机があるだけの簡素なもの。
本棚は基本的に置かない。この家には小さいながらも図書室があり、参考書はそこから出し入れする。
何処かの読書馬鹿が知れば飛んでくるだろう。
しかし、俺の知り合いにそんな奴はいなかったりする。
話を戻すと、図書室が存在しているにはいくつか理由があり、その一つとして体力をつけるためだとか。
しかし、今は特に用がないのでベッドの上に横になる。
「あのぉ〜・・・・」
「うるさい、少しは静かにしたらどうだ?」
というか、男女が同じ部屋にいるのはどうもよろしくない気がする。
俺自身はこいつは現段階でウザイだけの存在だが、それでも側においておくには少々落ち着かない。
「それは無理な相談ですぅ〜。私、こう見えても結構お喋りなんですよぉ?」
「知らん。」
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたねぇ〜。えへへ、私は・・・」
「死神のファーディアス・H・ブロウニクラウ。趣味はお喋り。特技は料理。好きなものはヨモギ餅。嫌いなものはネバネバした物。落ちこぼれ死神としてこの世に派遣されて、取らなくてもいい魂まであの世に送った極悪死神。当時、活躍していた安倍清明の弟子、つまり俺のご先祖様に封印されてあの蔵の中で眠ってたところを俺が解いて試験課題になった。ちなみに3サイズは上から○#、&%、$@・・・・」
「うわぁ〜〜〜〜〜〜〜ですぅ!!!」
死神は顔をまっかにしながら俺の口を閉じにかかった。
「むぐむぐ・・・・わかったろ? 喋らんでもお前のことは何でもわかる。んじゃ夕飯まで寝っから。」
「・・・・・」
それから死神女の声は聞こえなくなった。
「そろそろ夕飯の時間だな。」
部屋にはさっきまでいた死神女の姿はなかった。
リビングに行くと、なにやら騒がしい声が聞こえる。
だが、不思議と嫌な予感はしなかった。
「あらぁ、結構上手じゃない、ファディちゃんって?」
「えへへ、野菜をきるのなら任せてくださいですぅ!!」
見ると、あの死神女が台所でお袋と一緒に夕飯をつくっていた。
「・・・・」
敢えて無視してソファに腰掛ける。
「あ、広貴? ファディちゃんってね」
「はいはい、そうですか。そりゃよかったですねー。」
リモコンを操作して面白い番組を探す。
今日から13日後、いや、それより前にあの死神を封印しなければならない。
しかし、今そんなにジタバタしたところで解決することではない。
蔵を思い出す。あいつはどこに封印されていた?
大きな柱、蔵の大黒柱だ。
いや待てよ。俺はあの柱に触っただけだ。
普通、あんな簡単に解ける封印をするか?
そもそも、あいつはあそこに封印されていたのか!?
「・・・・」
愚問だ。
ヤツは自分で言っていた。
『1200年も経ってるですぅ〜〜』
無意味な心配だ。
あとはあの死神を封印して終わり。
しかし・・・・
「広貴、言い忘れていたんだが・・・」
頭上から親父の声が聞こえる。
「なんだよ、親父?」
いつの間にやってきたのか、俺の前に立っていた。
「まぁ大したことではないんだがな、ほれ。」
そういって古びた鍵を渡してきた。
よく見ると“書庫3”と書かれている。
「これって開かずの書庫じゃなかったのか?」
この家に代々、選ばれた者しか入れない書庫が存在する。
よほどの貴重な書物が保管されているのだろう。
「まぁそうなんだが、お前が解除したあの娘、あれはお前では荷が重過ぎると思ってな。」
「・・・随分見くびられたもんだな?」
「ふっ、いらぬ心配だったか。まぁ仮に失敗しても死にはせん。」
かっかっと笑って向かい側のソファに座りテレビを見始めた。
親父はあの死神のことを知らないのだろうか?
あれは契約をすれば13日後に・・・・いや、その心配は杞憂で終わりそうだ。
なぜなら―――――
「あ、ファディちゃん! お鍋!!」
「うわぁ〜、焦げてるですぅ〜〜〜!!」
何はともあれ、今後は騒がしくなりそうだ。
だが、またもや嫌な予感は全く感じられなかった。